豊富な品揃えと、素早い対応で、職人に選ばれた地域密着の金物屋。電動工具・大工道具・土木資材・建築金物の取り扱い。

ご挨拶

代表取締役 藤田 幹人

株式会社 藤田金物 代表取締役 藤田 幹人

いつもご利用いただき誠にありがとうございます。

お陰様で株式会社藤田金物は、1863年文久3年の創業時より150年という長い歴史の間、たくさんのお客様や仕入先様に支えられ、また心温かい地域の人達と共に今日まで歩んでくることが出来ました。これはひとえに皆様の永きにわたるご支援、ご愛顧の賜物と心より感謝申し上げます。

弊社の最重要経営概念は“お客様の事を第一に考え、大切にし、そして迅速に対応する”です。

人々の生活に深く関わっている金物全般を取り扱う事を通じて、品質の良い商品を適正価格で販売し、お客様に満足していただけるサービスを提供する事によって、これからも地域社会に貢献していきたいと思います。

今後ともより一層のご厚情を賜りますようお願い申し上げます。

株式会社 藤田金物 代表取締役 藤田 幹人

会長 藤田 昌三

株式会社 藤田金物 会長 藤田 昌三

平素のご愛顧に感謝申し上げます。
お陰さまをもちまして、株式会社藤田金物は、平成25年(2013)1月をもって、創業150年を迎えることが出来ます。

これも偏にお客様をはじめ関係者各位の支援の賜物と思います。

顧みますと、創業者、藤田庄吉は、幕末、御一新最中の文久3年(1863)1月10日、尊王攘夷と混迷する中、清末毛利藩の要請もあり、刀、鉄砲を献上し、士分の位を得て出仕し創業といたしました。
時代の要請もあり新規武器の調達購入に貿易商(毛頭を訪ね)と交渉し奔走いたしました。清末毛利藩は、育英隊を結成、四境戦争と転戦し、活躍いたしました。
新しい時代、明治を迎えて間もなく、明治3年鉄砲暴発のため、初代・庄吉殉職する。

藩の許しを得て、二代、昌輔相続をし、武器製造から農具鍛冶となり、三代・啓輔は、明治35年家督を継承する。
啓輔は、日本鋳工?梶A長門鋳物?鰍?設立する。
機械鋳物の製造をはじめ、五右衛門風呂(長州風呂)を製造し、九州一円、朝鮮大陸へ出荷していました。飲料関係製造、塩田と意欲的に事業を拡大していったが、シナ事変勃発等により事業を統合や解散とする。

その間、四代目、種治を婿養子に迎え、金物雑貨を販売する。
しかし、終戦直後の昭和22年病のため急逝し路頭に迷うが、戦後は、金物を中心に商売を商う。

昭和36年、三代、啓輔より、五代、昌三へと継承する。
昭和55年6月、株式会社藤田金物に改組し、社是を「礼節、謙虚、感謝」とし、扱い商品も事業内容も時勢により専門特化した形態に変化してきた。

平成21年6月、6代藤田幹人へ事業を継承する。
企業規模としては、中小企業、いや、地方の吹けば飛ぶような零細企業の部類で、波乱万丈の足跡ではありますが、「襤褸(ぼろ)は着てても心は錦」で、関わりのあった維新を矜持(きょうじ)(誇)し、「社会貢献」を目指し、「志」と「夢」のある企業でありたいたと願っています。

「風雪感謝の150年」今後ともご愛顧、お引き回しのほど伏してお願いいたします。

株式会社 藤田金物 会長 藤田 昌三

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