豊富な品揃えと、素早い対応で、職人に選ばれた地域密着の金物屋。電動工具・大工道具・土木資材・建築金物の取り扱い。

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会社情報

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概要

社名株式会社 藤田金物(カブシキガイシャ フジタカナモノ)
所在地〒750-1142 山口県下関市小月本町1-7-1
TEL083-282-0020
FAX083-282-2567
創業文久3年(1863)1月10日
設立昭和55年(1980)6月1日
資本金1,000万円
営業時間平日     7:00A.M~19:00P.M
土曜日・祝日 7:00A.M~18:00P.M
日曜日    定休日
※年末年始・ゴールデンウィーク・お盆の間は臨時休業いたします。
事業内容建築資材・土木・建築金物、電動工具、作業工具、大工・左官道具、測量測定機器、接着塗料、金物全般、日用品雑貨、家庭金物、刃物類、家庭用井戸ポンプ、合鍵作成・錠交換、チェーンソー刃研磨
所属団体下関市商工会議所、小月商工振興会、山口県中小企業家同友会下関支部
写真:外観

社長ご挨拶

代表取締役 藤田 幹人

写真:株式会社 藤田金物 代表取締役 藤田 幹人

いつもご利用いただき誠にありがとうございます。

お陰様で株式会社藤田金物は、1863年文久3年の創業時より150年という長い歴史の間、たくさんのお客様や仕入先様に支えられ、また心温かい地域の人達と共に今日まで歩んでくることが出来ました。これはひとえに皆様の永きにわたるご支援、ご愛顧の賜物と心より感謝申し上げます。

弊社の最重要経営概念は“お客様の事を第一に考え、大切にし、そして迅速に対応する”です。

人々の生活に深く関わっている金物全般を取り扱う事を通じて、品質の良い商品を適正価格で販売し、お客様に満足していただけるサービスを提供する事によって、これからも地域社会に貢献していきたいと思います。

今後ともより一層のご厚情を賜りますようお願い申し上げます。


株式会社 藤田金物
代表取締役
 藤田 幹人

会長 藤田 昌三

写真:株式会社 藤田金物 会長 藤田 昌三

平素のご愛顧に感謝申し上げます。
お陰さまをもちまして、株式会社藤田金物は、平成25年(2013)1月をもって、創業150年を迎えることが出来ます。

これも偏にお客様をはじめ関係者各位の支援の賜物と思います。

顧みますと、創業者、藤田庄吉は、幕末、御一新最中の文久3年(1863)1月10日、尊王攘夷と混迷する中、清末毛利藩の要請もあり、刀、鉄砲を献上し、士分の位を得て出仕し創業といたしました。
時代の要請もあり新規武器の調達購入に貿易商(毛頭を訪ね)と交渉し奔走いたしました。清末毛利藩は、育英隊を結成、四境戦争と転戦し、活躍いたしました。
新しい時代、明治を迎えて間もなく、明治3年鉄砲暴発のため、初代・庄吉殉職する。

藩の許しを得て、二代、昌輔相続をし、武器製造から農具鍛冶となり、三代・啓輔は、明治35年家督を継承する。
機械鋳物の製造をはじめ、五右衛門風呂(長州風呂)を製造し、九州一円、朝鮮大陸へ出荷していました。飲料関係製造、塩田と意欲的に事業を拡大していったが、シナ事変勃発等により事業を統合や解散とする。

その間、四代目、種治を婿養子に迎え、金物雑貨を販売する。
しかし、終戦直後の昭和22年病のため急逝し路頭に迷うが、戦後は、金物を中心に商売を商う。

昭和36年、三代、啓輔より、五代、昌三へと継承する。
昭和55年6月、株式会社藤田金物に改組し、社是を「礼節、謙虚、感謝」とし、扱い商品も事業内容も時勢により専門特化した形態に変化してきた。

平成21年6月、6代藤田幹人へ事業を継承する。
企業規模としては、中小企業、いや、地方の吹けば飛ぶような零細企業の部類で、波乱万丈の足跡ではありますが、「襤褸(ぼろ)は着てても心は錦」で、関わりのあった維新を矜持(きょうじ)(誇)し、「社会貢献」を目指し、「志」と「夢」のある企業でありたいたと願っています。

「風雪感謝の150年」今後ともご愛顧、お引き回しのほど伏してお願いいたします。


株式会社 藤田金物
会長 藤田 昌三

沿革

1863[文久3年] 1月10日初代・藤田庄吉、毛利清末藩へ出仕、創業とする
1870[明治3年] 6月14日藤田庄吉殉職(52歳)
1870[明治3年] 8月7日弐代・昌輔、藩の許しを得て家督を相続
1902[明治35年]三代・啓輔、家督を継承
(昭和7年2月より昭和14年5月迄、町会議員二期勤める)
1919[大正8年] 10月14日日本鋳工株式会社〔藤田啓輔〕設立 (資本金50万)
1928[昭和3年] 12月26日長門鋳物株式会社藤田啓輔設立
機械鋳物鋳造・生産(資本金1万円) 豊浦郡小月村376番地
1929[昭和4年] 10月19日日本鋳工株式会社、清算の上解散
1936[昭和11年] 11月18日長門鋳物株式会社解散
(戦争勃発のため統合される)
(その間、家業の金物商を藤田ミツノと四代種治、守る)
1939[昭和14年] 5月17日下関市へ合併(啓輔・合併迄、二期8年間・小月町会議員を勤める)
1947[昭和22年] 12月29日四代・種治、病気のため逝去(49歳)
1961[昭和36年] 4月1日五代・昌三代表者就任(昌三、就任まで三代啓輔・店の代表)
1978[昭和53年] 5月20日三菱メルコム81(コンピュター)稼働 MELCOM80 MODL11(売掛処理開始)
1979[昭和54年] 1月25日(株)藤田興産設立、藤田昌三社長就任 資本金500万円
1980[昭和55年] 6月1日(株)藤田金物設立、藤田昌三社長就任 資本金1000万円
1980[昭和55年] 11月4日下関商工会議所100周年記念日・事業精励につき、創業100年以上の事業所として表彰される
1985[昭和60年] 9月27日店舗全面改築、ジョイフル・フジタとして開店
1992[平成4年] 1月10日(株)藤田興産、資本金500万円を1,000万円に増資
1992[平成4年] 9月1日POSシステム(金物王)稼働〔完全在庫管理販売管理の達成〕
1993[平成5年] 9月1日創業130年を記念し店舗改装計画立案、ハワーズ・フジタとして改称・開店する。
〔専門特化店へリニューアル〕
1994[平成6年] 10月1日電動工具盗難救済のため東京海上火災保険と動産保険契約をする。
1998[平成10年] 1月10日創業135周年記念事業の実施と企画。
(下記の目的とし、平成11年初頭を稼働目標にオフコンよりパソコンを導入稼働する)
  1. オフコン稼働からパソコン稼働への移行
  2. 2000年対応
  3. 機器の耐用年数及び償却による新機種の導入を図る
  4. 作業及び機能のバージョンアップ
  5. 21世紀を展望した業務処理能力の向上
    ①現場末端情報収集と実践コントロール
    ②プロショップとしての顧客管理~細分化管理、数量値引き、支払値引等
    ③一般客を取り込んだ売上・現金売の向上
1998[平成10年] 4月20日(株)藤田金物・イーメールを開設する
1999[平成11年] 1月4日パソコンによるPOS稼働開始する(金物王III)(2000年問題対応)
2000[平成12年] 4月10日(株)藤田興産(ホームページの開設・王司パークの広報の開始)